スメラルドの花言葉

防弾少年団に転がりついたアラサー。

花様年華 THE NOTES_Love yourself承Her : ユンギ*日本語訳

O:

 

ユンギ <8 JUNE YEAR 22> 6/8 22年
Tシャツをまた脱いだ。鏡の中の俺はひとつも俺らしくなかった。"DREAM"と書かれたTシャツはすべての面で俺の好みじゃなかった。赤い色も、夢という単語も、ぴったりとタイトなところもすべてが気に入らなかった。苛々して煙草を取り出しライターを探した。ジーンズのポケットには無くて、バッグを漁ってから気づいた。持って行ってしまった。なんの断りもなく俺の手から奪って持って行ってしまったんだ。そして放り投げられたのは、ロリポップキャンディとこのTシャツだった。

    頭をくしゃくしゃにしながら起き上がると、携帯メッセージが届いた音が鳴った。携帯画面の名前、その三文字を見た瞬間突然周囲がパッと明るくなり心臓がドクンと震えた。メッセージを確認し、煙草を二つに折った。次の瞬間、鏡の中の俺は笑っていた。"DREAM"と書かれた、赤色のタイトなTシャツを着て、いったい何が良いのか、馬鹿みたいに笑っていた。


ユンギ<7 April YEAR 22> 4/7 22年

つたないピアノの音に足を止めた。一夜にしてがらんと空になった工事場で、誰かが立て置いたドラム缶の中、火だけがぱちぱちと音を立てていた。さっき俺が弾いていた曲だということは分かっていたが、それが何だと思った。酔った足取りがふらつく。あえて目を閉じ、さらに適当に歩いた。火から噴き出る熱気が強まるにつれてピアノの音も、夜の空気も、酔いも曖昧になっていった。

  突然のクラクションに目を開けると、車がギリギリですれ違って行った。ヘッドライトの眩しさと、車が過ぎていく風。酔いの錯乱の中で俺はなす術もなくふらついた。運転手が口汚く罵る声が聞こえた。歩みを止め、ひとしきり罵り返してやろうとしてふと、ピアノの音が聞こえないことに気づいた。花火が燃え上がる音、風の音、自動車が過ぎていく残響の中にピアノの音だけが確かに聞こえなかった。止まったようだ。どうして止まったんだ。誰がピアノを弾いていた?

  パチっという音と共にドラム缶の中で火の粉が暗闇へと噴きあがった。その様子をしばらくぼんやりと見つめていた。熱気で顔が火照った。ガン、と拳でピアノを叩く音が聞こえてきたのはそのときだった。反射的に後ろを振り返った。瞬く間に荒々しく血が巡り呼吸が乱れた。幼い頃の悪夢。あの場所で聴いた音のようだった。

  次の瞬間、俺は走り出していた。俺の意志とは別に、体が勝手に踵を返し楽器店に向かって駆け出した。どうしてか、何度も繰り返してきたことのような気がした。何か分からないが、大切なことを忘れていたような気分だ。

  ガラス窓が割れた楽器店。ピアノの前に誰かが座っていた。何年も経っていたがすぐに分かった。泣いていた。こぶしをグッと握る。誰かの人生に干渉したくなかった。誰かの寂しさを慰めたくはなかった。誰かにとって、意味をもつ人間にはなりたくなかった。その人を守る自信がなかった。最後までそばに居る自信がなかった。傷つけたくなかった。傷つきたく、なかった。

  俺はゆっくりと歩みを進めた。戻ろうと思っていたのに、知らないうちに近づいていた。そして間違った音を正してやった。ジョングクが顔をあげて俺を見上げた。「ヒョン、」高校を中退してから初めての邂逅だった。

 

L:

ユンギ <25 June YEAR 20>
ドアをバタンと開けて入り、机の一番下の引き出しにしまっておいた袋を取り出した。逆さにするとピアノの鍵盤がひとつ、カタンと音を立てて落ちた。半分煤けた鍵盤をゴミ箱に投げ捨ててベッドに横になった。沸きあがった気持ちは冷めやらず呼吸は乱れ、指には知らぬ間に煤が付いていた。

     葬儀が終わり、火事でめちゃくちゃになった家にひとりで行ったことがある。母さんの部屋に入ってすぐ、形も分からないほど燃えてしまったピアノが目に入った。その隣に座り込んだ。午後の陽射しが窓から射しこみ、そして消えていく間、ただそこに座っていた。最後の陽が射す中で、鍵盤がいくつか転がり落ちてきた。弾けばどんな音を奏でる鍵盤だったのか、母さんの指がどれだけ沢山触れたのか。そのうちの一つをポケットに入れて部屋を出た。

     あれからおよそ4年が過ぎた。家の中は静かだった。狂いそうなほどに静かだった。10時を過ぎると父さんは眠りにつき、それからはすべてが息を殺さなければならなかった。それがこの家の規則だった。俺はそんな寂寞に耐えるのが辛かった。決められた時間に合わせ規律や形式を守ることも容易じゃなかった。けれどどそれよりも耐えられなかったのは、俺がそれにも関わらずまだこの家で生きていることだった。父さんがくれる小遣いを受け取り、父さんと食事をして、父さんの小言を聞いた。食ってかかって道を外れ、揉め事を起こすことはあっても、父さんを捨てて家を出て独りになり、本当の自由を得る勇気が俺にはなかった。

     ベッドから起き上がった。机の下のゴミ箱から鍵盤を取り出した。窓を開けると夜の空気が強く入り込んだ。今日一日であった出来事がその風に乗って頬を叩くように押し寄せた。その空気のなかに、鍵盤を力いっぱい投げつけた。学校に行かなくなって10日が過ぎた。退学処分が下されたという知らせを聞いた。もはや俺が望まなくたって、この家から追い出されるかもしれない。耳を傾けても鍵盤が地面に落ちる音は聞こえなかった。どんなに考えても、あの鍵盤がどんな音を奏でたのか知ることはできない。どんなに長い時間が過ぎても、あの鍵盤が再び音を奏でることは無い。俺が再びピアノを弾くことは、無い。

 

 

 

 

------------------------------------------

 

ユンギのショートフィルムを思い出すので貼っておきます…


BTS (방탄소년단) WINGS Short Film #4 FIRST LOVE